日本の城

日本の城。高い石垣や深い堀に囲まれた日本の城は、歴史を感じる特別な場所。天守に立てば、当時の武将たちの息づかいが聞こえてくるようです。四季折々の美しい景色とともに、歴史に思いをはせてみませんか。。

  • 赤瓦の天守がそびえる鶴ヶ城
    〜幕末の激動を今に伝える みちのくの城〜

    福島県会津若松市にある鶴ヶ城(会津若松城)は、戦国時代から幕末まで歴史の舞台となった名城です。特徴的な赤瓦の天守は、城の威厳と会津の誇りを象徴しています。

    会津地方は戦国時代、多くの有力大名が支配を争った地でした。芦名氏はこの地を治めた名族で、戦略的要塞として城の基礎を築きました。その後、伊達氏が芦名氏を攻略し、奥州の覇者となりました。しかし、その後すぐに豊臣秀吉の天下となりや蒲生氏、上杉氏と城主は変わり、その中で城はその都度改修と強化を重ねました。こうした歴史の積み重ねが、城の堅牢な石垣や堀に今も刻まれています。

    江戸時代になり、徳川家康の孫、徳川秀忠の異母弟で、ある保科正之が会津藩主となり会津藩の礎を築きました。幕末、会津藩は幕府に忠義を尽くすため、戊辰戦争の激戦地となりました。鶴ヶ城は新政府軍の攻撃を受け、城内外には戦火の痕跡が残りました。石垣や堀に残る傷跡、城下町に広がった戦乱の記憶は、今も会津の人々の心に深く刻まれています。

    現在の鶴ヶ城は復元された姿ですが、城を歩けば、戦国の要塞としての歴史だけでなく、幕末の激戦を乗り越えた会津の魂を感じることができます。春の桜や秋の紅葉に彩られる赤瓦の天守は、歴史と自然が織りなす絶景。戦国の武将たちの争いと、幕末の忠義の物語を肌で感じることができるでしょう。

    様々な角度から眺めても美しい天守閣

    鉄門(外観復元)

    干飯櫓、南走長屋、鉄門(復元)

    干飯(ほしい)櫓、南走長屋(復元)

    茶室 麟閣(移築復元)

    廊下橋

    本丸 御三階跡

    御三階(阿弥陀寺移築現存)

    黒川城・会津若松城の歴代城主、藩主一覧

    会津松平家廟所

    2代藩主保科正経(まさつね)公の墓

    3代藩主松平正容(まさかた)公の墓、5代藩主松平容頌(かたのぶ)公の墓

    7代藩主松平容衆(かたひろ)公の墓、6代藩主松平容住(かたおき)公の墓

    9代藩主松平容保(かたもり)公の墓

    足腰に厳しい山中の廟所。すべての藩主のお墓はお参りできず。。。廟所の中でニホンカモシカに遭遇!

    会津松平氏庭園(御薬園)

    会津武家屋敷

    当時を感じさせる復元された武家屋敷・西郷頼母邸

    旧中畑陣屋主屋(福島県指定文化財)

    会津のお蕎麦と酒

    美味しく地酒・会津娘と天ぷらとお蕎麦を堪能。

  • 歴史と悲劇を伝える二本松城(霞ヶ城)

    福島県二本松市にある**二本松城(霞ヶ城)**は、白旗ヶ峰に築かれた東北有数の山城です。現在は霞ヶ城公園として整備され、桜や紅葉の名所として親しまれています。

    城は室町時代に畠山氏が築き、江戸時代には丹羽氏のもとで整備されました。戊辰戦争では激戦地となり、二本松少年隊の悲劇が語り継がれています。復元された箕輪門や石垣が当時をしのばせる城跡です。

    二本松城箕輪門(復元)

    箕輪門(みのわもん)は、二本松城の正門にあたる重要な城門です。
    江戸時代初期、城主・丹羽光重によって建てられ、城内でも最大規模の門でした。石垣と重厚な城門が一体となり、城の威厳を示していました。現在の箕輪門は、往時の資料や発掘調査をもとに復元されたもので、二本松城の象徴的な存在となっています。

    二本松藩歴代藩主

  • 白河小峰城 — 石垣と三重櫓が語る東北の名城

    福島県の白河小峰城は、江戸時代初期に丹羽長重によって築かれた美しい平山城です。真っ白な三重櫓と石垣が印象的で、まるで白鳥が羽を広げているような優雅さを感じさせます。戊辰戦争では激しい戦火に巻き込まれ、一度は焼失しましたが、現在は石垣や櫓が復元され、当時の姿をしのぶことができます。春には桜が城を彩り、歴史と自然の調和を楽しみながら、静かに城の物語に耳を傾けられる場所です。

    白河小峰城 御三階櫓(復元)

    白河小峰城 前御門(復元)

    白河小峰城 石垣

    旧白河小峰城太鼓櫓(白河市指定重要文化財)

    白河歴代藩主一覧

    白河藩主廟所

    丹羽長重公御霊屋

    白河藩主松平直矩・基知の墓

    白河藩主松平忠弘の嫡男・清照の墓

    蕎麦 大福家

    白河蕎麦と福島の地酒・陣屋、たらの芽のてんぷらとともに堪能

  • 諏訪高島城 ― 諏訪湖に浮かぶ「諏訪の浮城」

    長野県諏訪市にある高島城は、その美しい姿から「諏訪の浮城」と呼ばれています。かつてはお堀に湖の水が入り込み、まるで湖に浮かんでいるように見えたんだとか。

    このお城は戦国時代末期に、諏訪氏の後を継いだ日根野高吉によって築かれました。城下町の中心として栄え、江戸時代には諏訪藩の拠点として大切に守られてきました。現在の天守は復元されたものですが、湖を背景にした姿は今でも見応え抜群です。

    桜の時期にはお堀沿いに花が咲き誇り、お城と湖と桜が織りなす風景は格別です。

    2024.4.20

    諏訪高島城天守閣(外観復元)

    諏訪高島城 隅櫓(外観復元)

    諏訪高島城 冠木門(外観復元)

    三の丸御殿裏門(移築)

    歴代城主一覧

    温泉寺 諏訪氏菩提寺 

    二代藩主の諏訪忠恒は慶安2年(1649)、城下に温泉寺を建立し、菩提寺としました。そして寺の裏山、諏訪湖や北アルプスまで望める眺望の良い場所に墓所を築いています。
    墓所は大きく2段の平場からなり、上段には二代から八代までの7基の藩主墓標(墓石)が並んでいます。中段には側室や子どもの墓標が不規則に造営されています(下段は現在一般墓地となっています)。また、家臣などが献納した石灯籠が各藩主墓の正面に、参道を画するように並び建てられています。
    藩主の墓標はすべて共通した形式で、石造りの大きなものです。方形3段の基壇上に、舟形(無縫塔半裁形)の標身を載せる特異な形式で、高さは約3m、幅は約3.2mあります。二代墓にのみ木造御霊屋が建てられており、他の藩主と区別が図られています。なお、御霊屋は倒壊の恐れがあるため平成19年に解体し、部材を保存しています。そのため、現在は仮覆屋を建てて墓標を保護しています。

    https://www.city.suwa.lg.jp/site/bunkazai/2158.html

    諏訪大社 上社 本宮 (国重文)

    諏訪大社は社殿の四隅に御柱(おんばしら)と呼ぶ大木が建ち幣拝殿や左右片拝殿が横に並び、本殿を欠く等社殿の配置にも独特の形を備えています。中でも本宮は諏訪造りの代表的なもので、建造物も四社の中で一番多く残っています。また神体山を拝するという大きな特徴を持ち、祭祀研究の上からも注目されております。
    境内のほぼ真中に東宝殿、西宝殿と言う二棟の茅葺の建物があります。本宮で最も大切な御社殿で、寅年と申年毎に交互に建替がなされ遷座祭が行われます。軒からはどんなに干天の日でも最低三粒は水滴が落ちるといわれ、七不思議の一つに挙げられ、諏訪大神が水の守護神として広く崇敬される根元にもなっております。
    本宮最古の建物は四脚門で、慶長十三年(1608)に徳川家康が家臣大久保石見守長安に命じ、国家の安泰を祈願して造営寄進したもので、別名を勅使門とも言います。

    https://suwataisha.or.jp/about/miyamori/kamishahonmiya/

    諏訪大社 上社 本宮 幣拝殿(国重文)

    諏訪大社 上社 本宮 四脚門(国重文)

    諏訪大社 上社 本宮 神楽殿、門、勅使殿(すべて国重文)

    信州蕎麦と日本酒

    「十割蕎麦 そばや」で信州蕎麦と長野の地酒・真澄を堪能。 

  • 上田城
    — 真田の知略が息づく城跡

    長野県上田市の中心にある上田城は、戦国武将・真田昌幸が築いた名城です。天守は現存していませんが、石垣や櫓門、堀が残り、訪れる人を戦国時代へと誘います。

    上田城といえば、徳川軍を二度も退けた「上田合戦」で有名。真田の知略と不屈の精神を象徴する場所です。櫓から城下町を眺めれば、かつての戦場を思い描くことができ、歴史ファンなら胸が熱くなります。

    春は千本桜が咲き誇り、秋には紅葉が城跡を彩ります。歴史探訪はもちろん、季節の風景も見どころ。真田の足跡と四季の美しさを一度に味わえる城です。

    2025.4.12

    上田城 南櫓(県宝)、東虎口櫓門(木造復元)、北櫓(県宝)

    上田城大手門、北櫓、南櫓がつななる本丸の入り口。本丸堀沿いの満開に咲き誇る桜。

    本丸櫓門は平成6年に木造復元された。

    上田城 南櫓(県宝)

    南櫓と満開の桜。

    明治維新後、西櫓1基を残しそのほかの櫓・櫓門は取り払われました。城外に移築されていた2基の櫓は後に買い戻され、昭和18年(1943)から24年にかけて現在の南櫓・北櫓として再移築されました。

    上田城 南櫓(県宝)、西櫓(県宝)、尼ケ淵

    上田城南側の崖下には、かつて千曲川の緩やかで深い分流があり、天然の堀となっていました。この場所を「尼ヶ淵」と称したことから、上田城は別名「尼ヶ淵城」とも呼ばれていました

    上田城 西櫓(県宝)

    上田城で江戸時代から現存している唯一の建物です。

    上田城 北櫓(県宝)

    上田城旧藩主邸表門

    上田城跡公園の一角に残る「上田城旧藩主邸表門」は、江戸時代後期に建てられた格式ある門です。上田藩主・松平家の居宅を守る正門として使われ、威厳ある黒塗りの扉と太い柱が、往時の武家屋敷の風格を今に伝えています。

    参照 信州上田観光ガイド https://nagano-ueda.gr.jp/archive/uedajo/about.html

  • 松本城
    — 「烏城」と呼ばれる美しき国宝

    長野県松本市にそびえる松本城は、「烏城(からすじょう)」の愛称で親しまれる美しい黒い城。天守は現存する日本最古の五重六階構造で、戦国時代の風格を今に伝えています。

    城の歴史は戦国時代にさかのぼり、豊臣秀吉の家臣であった石川数正が築城を進めたのが始まり。その後、徳川幕府のもとで城主が代わり、城下町とともに松本の街が発展していきました。黒壁に映える白い漆喰の装飾や、石垣の重厚な曲線は、訪れる人の目を引きつけます。

    松本城の魅力はただの美しさだけではありません。天守内部の急な階段を登りながら、戦国時代の武将たちが戦略を練ったであろう場面を想像すると、まるで時を超えた冒険気分に。春には桜、秋には紅葉に包まれ、季節ごとの風景も楽しめます。

    歴史好きも写真好きも、松本城を訪れれば必ず何か心に残るものがあります。「黒く美しい城」というだけではなく、時代を生き抜いた証がそこに息づいているのです。

    2024.11.29

    松本城 天守閣 乾小天守 辰巳附櫓 月見櫓(国宝)

    美しい松本城天守群。国宝に指定されている。現存12天守の中でも5城だけの国宝天守閣。
    大天守と渡り櫓で乾小天守が連結し、辰巳附櫓、月見櫓が複合する連結複合式天守です。

    松本城を様々な角度から。

    松本城 黒門(復興)

    本丸に通じる桝形門。昭和35年に復興されました。

    松本城 太鼓門(木造復元)

    二の丸に通じる桝形門。平成11年に木造で復元された。

    お蕎麦と日本酒

    信州松本手打ちそば「こばやし」蕎麦はもちろん、馬刺しも美味しくいただきました。
    日本酒は信濃の地酒 北信流(ほくしんりゅう) 松葉屋本店  豊賀(とよか) 高沢酒造
    美味しいお酒です。

  • 長野県小諸市にある小諸城は、全国でも珍しい「穴城(あなじろ)」として知られています。普通のお城は周囲より高い場所に建てられますが、小諸城は城下町よりも低い位置に築かれているんです。そのため、城に入るときに“下っていく”というちょっと不思議な体験ができます。

    戦国時代には武田信玄の家臣・山本勘助らが改修し、その後も真田氏や仙石氏など名だたる武将たちが治めました。現在は「懐古園(かいこえん)」として整備され、立派な石垣や大手門、そして信州らしい四季の景色が楽しめます。春の桜や秋の紅葉は特に有名で、訪れる人を戦国ロマンの世界へと誘ってくれます。

    2025.4.12

    小諸城 大手門(国重文)

    小諸城の大手門と桜。国の重要文化財に指定されている貴重な櫓門です。

    小諸城 三の門(国重文)

    小諸城の三の門と桜。国の重要文化財に指定。懐古園の入り口となっています。

    小諸城 本丸石垣

    小諸城天守台と石垣。青空に石垣と桜が映えます。

    小諸城本丸の石垣と桜。

    小諸のお蕎麦

    小諸城近くのお蕎麦屋丁子庵。鴨焼、小諸蕎麦を堪能しました。